スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハックルベリイ・フィンの冒険

ハックルベリイ・フィンの冒険 (新潮文庫)ハックルベリイ・フィンの冒険 (新潮文庫)
(1959/03)
マーク・トウェイン

商品詳細を見る


マークトウェイン著、村岡花子訳。氏の前作である『トム・ソーヤーの冒険』と世界観を同じくし、登場人物などの設定も引き継がれている。舞台は奴隷制度の色濃く残る時代、アメリカ西部の田舎町。ハック少年の視点で物語は進行してゆく。前作では三人称視点で、時折作者自身がメタ言及を行いつつ、自伝的な体裁をとっていた。個人的にはそちらの方が児童文学らしくて中々面白いと思ったのだが、件の作ではより小説らしい書き方となっている。

あらすじとしては、浮浪児であるハックルベリイ・フィンが前作の冒険で大金を手にし、村の未亡人に身元を引き取られていたが、いわゆる「お上品」な学校・家庭生活に窮屈さを感じ始めて脱出を試みるというもの。

旅の始めにハックは老いた黒人奴隷ジムを仲間にして、彼の逃亡と解放を目的に「自由州ケイロ」を目指していく。(そこでは南北戦争以前から奴隷制度を廃止していた)
旅の途中で殺人の現場や、名家の宿根、詐欺師のやりくちなど、様々な困難・社会の暗部を目の当たりにしながらハック達は進んでいく。
当時、黒人奴隷といえばモノ――それも非常に高価な――であって、逃亡を手助けするのは他人の財産に対して盗みを働く以上の意味があった。浮浪児であるハックさえもわきまえていたのだから、一般の人たちには相当根強い意識があったに違いない。だから物語の終盤で、ハックは自分の行動に罪の意識を感じ、葛藤する。もともとの所有者にジムの場所を告げてしまうか、それとも止しておこうか、と。
彼はためしに所有者宛ての手紙をしたためてみると、今までの罪が全て洗い清められたような楽な気持ちになった。そこで折れてしまいそうになったが、彼の心に浮かんできたのは、老黒人奴隷ジムの思いやりに満ちた行動の数々、そして「あんたはジムじいやがこの世で持った一番いい友達だ、今ではたった一人の友達だ」というジムの言葉だった。ハックはちょっとの間考えてから、「よし、それじゃあ僕は地獄へ行こう」と言ってついに手紙を引き裂いてしまう。ジムとの友情が、保身に走ろうとする彼の弱さに打ち克った瞬間だ。

それからトムとハックの偶然の再会と、トムの起こす一悶着の後、諸々の伏線が鮮やかな手際で回収されて物語は終焉を迎える。結局のところ彼らは「自由州」に辿り着かなかったが、それでも黒人は無事に自由の身分となる。さすがに児童向けということはあって、ハッピーなエンドで締めくくられるわけであった。
あえてケチをつけるならば、トムが即物的であることを匂わせるような伏線の一部分。面白いことのためなら名誉や家柄など目に入らないような少年であって欲しいと密かに望むわけだが、いかがなものか。

現代アメリカ文学の源泉と言われるだけあって、件の作は傑作と呼ぶにふさわしい質と、読者の心を打つ何かがひそんでいるように思う。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

F型

Author:F型
直近に読んだ小説の内容を記す

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。